プロパガンダ

 

 

精神病院帰りの急行電車。皮肉にも発狂自殺川を通り、川沿いに立ち並ぶ送電線群を見てある国を思い出す。

 

ここいらでは見ない形の巨大な送電線が立ち並び、馬鹿でかい川が流れ、社会主義国家特有のシムシティのようなコピペしたマンション兼飲食店が立ち並び、街を歩けばバイクに轢かれそうになり、たまに派手な段差があり、政府広告が多くて、とにかくどこを見ても漢字ばかりがある国だ。

 

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大量に建てられたすすけたタワマンも、全てバブルによって5000万円は下らなくなっていた。

 

街ではマンホールから黒い排水が溢れ、人々はそこをよけた。街角にはプラスチックの椅子におじいさんが座ってこっちをジロジロ見てくる。

春霞のようなスモッグは毎日現れ、太陽は常に明瞭でなかった。

 

人、車が雑踏を成しており、バイクも車もクラクションを鳴らしまくり、街はごちゃごちゃしている。

この街の構造は大体大通りに面したマンションの一階部分は各種料理や理髪や不動産やコンビニなどの店に、上は住居になっていた。

店に並んだ日本では見かけない果物に見惚れていると、道の段差でつまづいてしまう。

 

 

地下鉄に乗れば荷物をX線検査され、飲み物は検査員の目の前で飲まされた。

各改札にある検査場に3人は必ずおり、日本の無人駅などとは真逆であった。地下鉄に乗れば「ドアによっかかってはいけない」としきりに言われる。それはドアによっかかったらドアが抜けてしまうからかもしれない。外国では何が起こるかわからないので、「郷に従う」しかない。この町ではあと5本の地下鉄ができるらしい。

どこぞの日本と違って未来がある。

 

 

駅を降りたところにある店のうちの一つで春雨スープを頼む。食べたのは、鴨の血のゼリーが入った春雨スープである。

盛り方も乱雑で、サービスのサの字ぐらいしかないのである。

しかし、味はよい。これがサービスのサの字であった。

 

 

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東側陣営万歳!

 

その国を歩いていると、プロパガンダが街中に溢れていた。

高速鉄道の駅に車両に空港に街中のバス停にお店のLED広告にまで掲げられていた。

たった24字のプロパガンダは、覚えやすく、軽やかなリズムで読める。

 

 

この国は高速鉄道網も発達している。ザハ・ハディド氏が考えたかのようなデザインの高速鉄道の駅に掲げられているスローガンは「初心を忘れず、使命を常に持つ。交通で国を強化し、鉄路は先に行く。」

駅は空港のような厳重なチェックがされてしまうので、早く入場しなければならない。(おまけに駅はものすごく広いのだ!)

とりあえず入場できればこちらのものなので、駅内にあるケンタッキーを横目に席で待つ。

 

するとマスクをしていない老人に警察が注意する。この国は全てが決められているのだ!ノーマスクも公権力により許されないのである。

 

この国の人は愛想はあまりよくなく、高速鉄道の窓口では釣り銭を投げられた。(そもそも外国人差別ナチュラルに行われ、テレビ番組でも堂々と黒人をバカにしていた。自動発券機で外国人は切符の発券ができなかった。)

 

 

ここの国の人はみなメンヘラ気味で、お節介で、仕事は適当だが、ある意味では優しくて、なんでも頼ることができ、手を抜いて仕事をしている。

 

これだけ聴くと、ディストピアのように感じるかもしれない。

しかし、まあこの国に生きている人は13億人もいるわけで、これが普通の日常である人がそれだけいるということだ。

 

ネットは制限され、GoogleTwitterYouTubeは使えなかった。

しかし、なんら不便はない。現地国の動画サイトを使えば日本のアニメは見放題だし、Googleより精密な地図があるし、SNSも充実していた。

 

しかも、その国内にある元植民地の都市のsimカードを使えば、日本のネットも現地のネットも使えるのである。

この国はあらゆるものが規制されているが、規制あれば抜け道あり。

生き方に工夫が要るが、工夫すれば生きるのは簡単である。

 

ダメと言われていること以外は全ていい国なので、この国の外国への旅行客は旅行先と軋轢をうんでいる。

 

この国が世界で最も栄えた国であった時期が長すぎて世界の常識を忘れているのではないだろうか。

 

 

初心を忘れず、使命を常に持つ。

この国の使命は、初心はなんなのだろうか。

 

 

そう色々なことを考えながら、僕の乗っている電車は日本らしい風景に戻ってきた。

 

まもなく終着駅。ガラスの目立つビル群が心を引き戻す。あの国の地下鉄には急行電車も快速電車もなかった。