僕は欲張らずに生きていきたいと思っている。
もともと性欲以外の欲はあまり強くないのだ。
僕は毎日お腹いっぱいになれるだけのご飯があれば、あとは労働もせず遊びもせず友達がいなくても孤独に、一本のおちんちんと戯れ本を読みながら生きていければいいと思っている。
書いてみればただの欲張りである。
今の社会では労働をしなければおちんぎんは得られないし、ご飯も食べられない。完全に一人で生活していては何かトラブルがあったときに誰にも助けを求められない。
結果的に嫌々労働をし人間と関わっている。
これを楽しめる人は人生が楽しいだろうし、彼ら彼女らは楽しむための努力をしていることは確かである。えらい。
人間と関わっていると嫌なことはあるし労働をしていればつらいことがある。
それにも関わらずそれ以上のメリットを感じて人間付き合いや労働をできる人間を尊敬している。
対する僕は、「春はあけぼのまで寝たくないし、 夏は夜までシコりたいし、秋は夕暮れに起きたいし、冬はつとめたくない」のです。
冬よりは実際夏の方が勤めたくないんですけどね。外暑いしクーラーでお腹壊すし。
僕は労働はしたくないが、アルバイトやルーティンワークの正確性では負けない。つまり「将来機械やAIにとって代わられる存在」である。
つまり使えない人間なのです。
でも、子育てでも料理でも家事でもなんでもする。それだけじゃダメなんですかねえ…
なんなら妊娠してもいいし、痛いのも何百回でも耐えよう。労働から逃げられるのであれば。
僕が最後に目指しているものは不労所得である。
それを達成するためにはそれなりに頑張らなくてはならない。そして出るものを減らし入るものを増やせば貯蓄はそれなりに形成されると思うので、それを担保に不動産なり、株投資なり、とにかく色々な手段にお金を投じていくのだ。そうすると、一個がコケてもそれ以外が好調ならお金が回ってくるのである。
あとは何も考えず、毎日シコシコして、寝て、Twitterで私が友人だと思っている人間(相手はこちらを害のあるおじさんとしか思っていないだろうが)にクソリプを送る。これでいい。
この生活が実現できればこんなブログ必要ない。なぜなら悩んでいる時にしか文章を書かないからだ。
ほとんどないだろうが、仕事が充実するか不労所得を得たら、または僕が目指している「完全体」になることができれば僕はブログをやめるだろう。
もし万が一僕のブログを楽しみにしている人がいれば僕に精神的負荷をかければいい。
負荷が大きくなれば大きくなるほどたくさんブログを更新し、面白い文章も書けるようになっていくだろう。
高校の担任が言っていた言葉を思い出す。「恋愛と仕事は努力しても報われないことがある。勉強はやったらやった分だけ報われる。」と。
先生。僕は勉強が中途半端にできるだけの無能人間になっちゃいました。ごめんなさい。
テストをすれば中の上、上の下は取れます。会社内のテストもそうでした。
でも会社内の成績では中の下と言ったところでしょうか。下のレベルの人は皆辞めていきましたから…
自殺まで23日